癌ステージⅣを5年生きて 6

散骨の風ディレクター KYOKO

オリーブの収穫と塩漬けオリーブ

晩夏になり、オリーブの収穫が始まった。私も近くの会社でアルバイトに応募をした。アルバイトの中で、私が一番年上だったと思う。夫は心配して、責任者や仲間に梯子には登らせないで下さいとお願いして回っていた。憧れのオリーブ摘み、年の近い友だちも出来て本当に楽しい作業だった。やはりいろいろな地方から来ている若者たちが多く、しゃべりながらの選別作業も楽しい。仕事なのに何と素晴らしい一時だった事か。スペインでギターを弾いていた人、左官屋さんだった女性、韓国から日本の農家に嫁いで来た女性は夫婦で来ていた。

おまけにキズ物のオリーブまで貰って、家でもオリーブの塩漬けを作ってみた。オリーブの渋を抜くのに苛性ソーダに何時間も漬け、何回か水を変え、2日位かけて綺麗になったら、塩水に漬ける。今度も2日で塩水を変え更に2日で出来上がった。この塩漬けは、去年亡くなって石垣島に散骨をしたHさんの大好物で、いつも島からお取り寄せをして酒の肴にしていた。私も1度食べてから好きになり、いくらでも食べてしまうほど美味しい和製オリーブだ。

畑の幸、海の幸、お茶とジャム

我が畑の作物も多少猪の被害があったが、ほとんどは上手く出来た。新鮮な野菜に、知り合った漁師の人から頂いた鯛やワカメやワタリ蟹、その美味しさ、これ以上の贅沢な食事はない。バンクーバーに居た頃、ルバーブという葉のないセロリのような野菜を知り、そのジャムが甘酸っぱくて美味しく、その味が忘れられずに有機園のIさんに言うとイタドリを代用してみたらと教えてくれた。私は都会育ちだから、イタドリも知らなかったが、雑草でそこら中に生えている。早速取って、洗って刻んでジャムを作ってみるとこれは本物以上に美味しい。更に桑の実も貰いジャムにすると、やはり甘酸っぱくて大好きな味だった。その上、有機園の荒れた茶畑を見つけ、若葉を摘ませて貰って、お茶に挑戦したが、茶葉を適当に炒って作ったので、美味しいお茶にはならなかった。Iさんは何でも手作りするし、いろいろな食べ物の知識があり、気さくで働き者でインターナショナルな素晴らしい人だ。有機園では、農家民宿もやっていて、ウーファーさんという労働をして泊めて貰う旅人たちが世界中から来ている。専門家を呼んでの無国籍料理教室に参加したのも良い経験だった。

石切り場と温泉、秘密の廃墟

小豆島には、採石場や石切り場跡などが有り、上質の花崗岩が切り出され、大阪城の石垣等に使われた。大きく切った石を大阪城まで運ぶのは、どんなに大変な事だったろう。「八人石丁場」という旧跡があるが、そこでは一度に八人の石工が犠牲になったという。そこは今も巨大な残石が点々と森の中にあり、そこを散策するのが面白い。あまり人が来ない静かな場所で、私のお気に入りの場所の1つだ。

島の反対側福田港の近くに、家からは大分遠いいが、300円で入れる吉田温泉ふれあいの湯がある。温泉好きの私たちは、畑仕事を終えては、よくそこへ通った。花崗岩が使われた広い浴槽は、時間によっては空いていて、ゆったり浸かれて気持ちよい。近くにはキャンプ場もあり、ロッククライミングが出来る大きな岸壁や採石場もあって、そんな岩山の独特の風景が私は好きだ。若い頃には本格的なロッククライマーだった夫の影響かも知れない。

山の別荘地の高台には、立派な石造りの円形の廃墟がある。元レストランだったらしく、窓から中の様子を見るとそのままテーブルや椅子がある。外には階段が有り、上って行くと展望台になっていて、島の風景と瀬戸内海のグリーンの海が遥か下に見渡せる。建物はかなり広くてメルヘンの様なロマン溢れるその雰囲気に一目惚れし、不自由しない位の余分なお金があれば、買って直したいと思ってしまった。趣味の範疇でカフェなど出来れば最高なのにと、次から次へと妄想が膨らむ。ほとんど人に知られて居ない私の秘密の場所である。

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