癌ステージⅣを5年生きて 32

散骨の風ディレクター KYOKO

「外科室」

泉鏡花の短編に「外科室」というのが有り、吉永小百合主演で映画にもなった。知っている人も多いと思うが、面白いので触れておく。伯爵家の奥様が外科手術をすることになる。だが、彼女は麻酔をしないで手術をしてほしいと言う。彼女には誰にも言えない秘密があった。麻酔をして眠ったら、どんな事を口走るか分からない。だから絶対に麻酔はしたくないのだ。どうしても麻酔は嫌だと言う彼女に医者も折れ、そのまま手術をする事にした。医者がメスを入れようとした正にその時、彼女は医者の手を握り、その手を強引に自分の心臓に持って行き、力を入れて刺す。彼女はじっと彼の顔を見て、満足そうに死んで行く。彼女はそのハンサムな医者に会った時から、恋をしていたのだ。その医者も彼女に恋をしていて、後を追う。

麻酔と私

私はその映画を観てショックを受けた。泉鏡花の美学とは言え、私とは大いに違う。麻酔中寝言を言うなどと考えた事も無かったし、全身麻酔ではない手術など恐ろしい。本当の事を言えば、私は弱虫で痛みには全く弱いのだ。前に書いたが、事故で気を失ってから、「神様は耐えられない苦痛を与えない」と思い、無神論で有りながらそれを信じている。でも、受けなくて良い痛みは受けたくない。麻酔は本当に有難い。癌の末期はみな痛さで苦しむと言うが、私はモルヒネがあればいいと思っている。

救急救命室ICU

私は「北田さん、北田さん」と言う看護師さんの声で目が覚めた。隣には、王子様ならず夫がいた。「手術は無事終わりましたよ」と言う声が聞こえる。私はまだぼんやりしていた。ここはICUで、今日はここで寝る事になる。手術中に背中に痛み止め薬を入れるカテーテルが付けられ、お腹や胸にも体液が流れるように管が入っている。尿のカテーテルも挿入され、足には血栓予防のマッサージ器が付いている。もちろん酸素マスクを着け、点滴も付いている。私は頷いたりしながら、また睡魔に襲われ、眠ってしまったようだ。何もしないで寝ていただけなのに体は結構疲れていたらしい。

私の肝臓

朝、目が覚めると全身管だらけで動けず、夫が来るのが待ち遠しかった。夜中にも看護師さんは、床ずれや肺炎防止に2時間おきに身体の向きを変えてくれていたらしい。夫は手術後、金子先生から切り取った肝臓を見せてもらい、詳しく説明を聞いたそうだ。私の肝臓は47%を切り取り、別に4か所部分切除された。肝臓は不思議な臓器で50%を残せば大丈夫で、すぐに元通りになると言う。私も後から手術中の写真を見せて貰ったが、正にレバーである。豚のレバーのようだ。私は、ゲテモノ喰いでもカリバニストでもなく、変態でもないつもりだが、自分のレバーをちょっとだけ食べてみたいと思った。変人だろうか。他の臓器だったらそんな事は思わない。普通のもつ、トリッパーは苦手で普段から食べない。

解剖写真

写真には、リアルに切り開いた私の肝臓付近が写っている。黄色いのは脂肪らしく、たっぷり有って恥ずかしい。癌は白く写っていた。我ながら自分の解剖写真に目を見張る。人体にはとても興味があるので何度見ても飽きない。小学校の時、カエルの解剖は、嫌で欠席したのだが。友人の子供たちには、医者になった子もいて、最初の解剖では、焼き肉屋に行けなかったと言うが、段々慣れてドクターXのように外科手術の後に焼肉を食べに行ったりも出来るようになるそうだ。私も平気だと思うが、動物の解体などの方が辛い気がする。

胆嚢・胆石

肝臓の他に胆嚢、胆管も摘出された。胆石が沢山あったのだ。写真に写っている黒い石、これは滑らかな艶のある宝石のような石で、大きい物は直径5㎜位、小さい物は1.5㎜位でいろいろな形がある。数えてみたら大小39個もあった。これでもう落ちる心配はない。夫は胆石が落ちて死にそうに苦しんだ事があるから。胆嚢は脂肪などを分解する機能で、無くなると揚げ物などが食べられなくなると言われた。しかし、私も夫も天ぷらやフライを食べているが、特に支障は感じない。しかし、あまり食べない方が良いのは確かだ。

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