江の島沖での散骨


先日は相模湾、江の島沖にてご家族と一緒に散骨を執り行いました。
火葬される前に打合せをさせて頂き、火葬場にも同席させて頂きました。
散骨当日の海はとても穏やかで、いつも以上にお別れの時間を長く取る事が出来ました。
皆様で明るく送られた姿がとても印象に残りました。

本年もよろしくお願い申し上げます


暖かい日が続いており、なんだかとても気持ちが良いです。

例年この時期は出航回数が少なくなるので、今のうちに船のメンテナンスやスタッフの安全講習を行います。

またこのブログ更新も滞っていましたので、定期的に書ければ・・・・頑張ります。

葬祭業者


散骨会社も葬祭業者の分野に入るのであろう。
先日、お世話になっている住職(浄土真宗)からお誘い頂き、葬祭業者の集まりに参加させて頂いた。
昨今のお葬式事情や葬祭従事者はこれからどのようにあるべきか?家族葬や直葬(お葬式をせず、すぐに火葬を済ませること)が増える要因についてなどの話しをした。まるで討論会みたいだった。
参加した経営者の中には、散骨反対の方もいたが、なぜ反対なのか素直な意見を聞けたので良かった。
みなこれからの「葬送のあり方」について危機感を持っている。
これから自分達(会社)はなにをどう進めていかなくてはいけないのだろうか。

米国の葬儀教育事情

思い出したように昔の月刊誌を読み返している。
今回は世界の葬儀式「アメリカ業界事情」だ。

葬儀社のシステム(アメリカの場合)
葬儀社で働く人は、書類の作成やディレクションなどオフィスワークを主体とした仕事と、エンバーミング(遺体の防腐処理)を主体とした仕事に大別できます。

遺体は、人目に触れないオペレーションシステム(施術室)に運ばれ、ここでエンバーマーが、まず遺体の血液交換処置をし、遺体を整えてから、衣服を着せ、化粧を施し、キャスケット(棺)に納棺する。その後はビジテーションルーム(対面室)に運ばれ、遺族や訪問者と対面します。この間1日から3~4日ぐらいあります。
その間にオフィスワークとしては、遺族と葬儀に関するあらゆる取り決めをする日をもうけ、死亡説明書の作成をしたり、火葬か土葬か、埋葬形態や墓の種類を決め、棺をショールームで選んでもらい、式の具体的な打合せをします。
その後、数日後にフューネラルサービス(葬儀式)が執り行われ、最後、お墓への埋葬まで執り行います。

カニは好きですか?


北海道を旅行中の友人から
大きなタラバガニが届いた
早速、手ごろな(安い)シャブリを買ってきて
カニだけで満腹に・・・・
デイノッ蔵はカニが好きなの?
殻の匂いをクンクンするだけだ・・・

船長

アッツ島玉砕・・・2


オンディーヌⅦ船底掃除(本文とは関係なし)

アッツ島を占領した日本軍にも、通訳が同行していた
島にはアレウト族と、米国の公務員夫妻が住んでいた
気象観測員の夫は無線の操作に習熟していた為、尋問が行われ、翌日死亡、日本の資料では自殺、米側のそれは殺害となっている
日本の通訳は、北方民族研究家で、アレウトから多くの品物を研究資料として奪ったと戦後訴えられた、彼の尋問方法は、軍人も驚くほどの厳しさだったという、彼は玉砕前に帰国した
41名のアレウトは北海道の小樽に送られ、3年後帰国したのは25名だった、アッツ島には一人も帰れなかった
島の教師であった夫人は、終戦を横浜の捕虜収容所でむかえた
小樽でのアレウトの監視役だった一人の警察官は、アレウトの衣食住を献身的にサポートしたと、米側の資料に有ったのは救いであった

今日は、8月6日、広島の原爆投下の日である
戦争は、無惨なものである

船長

家出息子の御帰還


今は幸せな朝です
昨日、「ディノッ蔵」は無事抜糸も終わり帰宅した
リードを付け外を散歩させた
二週間ぶりの屋外で、かなり興奮気味なので短時間で帰宅
散骨の相談の対応に追われ、気が付くと外に出たがっている
ベランダのトマトに水やり中、隙をつかれた
油断である・・・脱走してしまった!!
一旦、妻が捕まえるが、興奮状態の彼の爪で怪我を負う
暗くなるまで家の周りを探し回る
夕食も喉を通らない
名古屋への荷物の搬出も落ち着かない
夜中まで、彼の出没しそうな場所へ行ってみたが・・・

早朝、彼の寝床だったところに置いた餌が無くなっていた
30分後、そこに彼はいた
携帯で妻を呼び、彼の目の前に好物の餌を差し出した
静かに捕まえ、ゲージに入れた

家出息子の御帰還である
信頼関係は、まだ繋がっていた

船長

突然の訪問者


昨日午後、チャイムが鳴る
この音は、もう玄関の前だ
名古屋行きの荷物で一杯の、玄関のドアを半身になりあける
米海軍軍属のご夫婦が、にこやかに立っていた
「ミーチャン」に会いたいと、「ディノッ蔵」のことだ
嫌がる彼を玄関先に連れていく、「ディノッ蔵」は逃げ腰だ
「心配シテマシタ、コレ食ベサセテ!」
缶詰とペットフードを両手で差し出す
お腹の手術跡を見、微笑み、納得して帰っていった
「スカの、ディノッ蔵」人気は健在だ
抜糸してから、リードして駐車場デビューしなくては・・・

写真は本文と関係無いが、散骨の花籠

船長

名古屋事務所を開設


日記のアップがスローで面目ない
通常の散骨業務も忙しいのに、ここに来て懸案が一つ
「名古屋事務所」を開設することになった
名古屋市中区にオフイスの契約を済ませ
来週早々、荷物を搬入するため荷造りに忙殺されている
「ディノッ蔵」の、ヘルニア手術後の抜糸も二日後だ
部屋の中に荷物が積まれ
飼い猫たちも落ち着かない

船長

11センチのYKK


昨日は大変な一日だった
「ディノッ蔵」が退院した
デベソの傷跡は11センチ位ある
YKKのジィッパーみたいに綺麗に縫ってあった

彼にとっては、肉体的にも精神的にも大きな変化だったろう
去勢とデベソの傷は痛むだろう
捨て猫から急に家猫に戻り、同居の雌猫もいる
自分の居場所がハッキリしない、他人のトイレも釈然としない
幾通りもの鳴き声で、自分を主張する
結局、昨夜は「ディノッ蔵」と徹夜し、私はソファーで横になった

屋外で生活していた当時は夜行性だった、昼間は、ぼんやりウトウトしている

今夜は妻が付き合う
慣れつつ有るので、さほど心配はしていない

船長

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