アッツ島玉砕・・・2


オンディーヌⅦ船底掃除(本文とは関係なし)

アッツ島を占領した日本軍にも、通訳が同行していた
島にはアレウト族と、米国の公務員夫妻が住んでいた
気象観測員の夫は無線の操作に習熟していた為、尋問が行われ、翌日死亡、日本の資料では自殺、米側のそれは殺害となっている
日本の通訳は、北方民族研究家で、アレウトから多くの品物を研究資料として奪ったと戦後訴えられた、彼の尋問方法は、軍人も驚くほどの厳しさだったという、彼は玉砕前に帰国した
41名のアレウトは北海道の小樽に送られ、3年後帰国したのは25名だった、アッツ島には一人も帰れなかった
島の教師であった夫人は、終戦を横浜の捕虜収容所でむかえた
小樽でのアレウトの監視役だった一人の警察官は、アレウトの衣食住を献身的にサポートしたと、米側の資料に有ったのは救いであった

今日は、8月6日、広島の原爆投下の日である
戦争は、無惨なものである

船長

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