お客様の声(風の日誌)

散骨式などのエピソードを読める「風の日誌」を過去のものから全てを掲載しています。過去のものは右の目次からどうぞ。

2002年11月

2002/11/25 父の骨
2002/11/20 委託のご遺骨は、三崎の漁師さん
2002/11/12 水辺のサンクチュアリー
2002/11/06 百合カモメがピンクの百合に

2002年11月25日

父の骨

(質問)8月に亡くなった父の遺骨をどうしようか、考えています。既に墓は買ってありましたが、誰もそこへは墓参りに行けません。母も身体障害があり、墓を守れず、娘二人も嫁いで遠方にいますのでいっそのこと磯釣りが好きだった父を海に!と考えています。どうするのが父のためか。遺言もなかったので、逡巡する毎日です。

 

(答え)ゆっくり考えて、「故人らしさを・・・」

お父様のご遺骨について、いろいろ考えていらっしゃるようですが、もちろん散骨も1つの方法だと思います。散骨をなさる方の理由の第1は、故人の遺志です。次は、ご家族で考えて、故人らしい(自然を愛していた、海が好きだった、お墓に入りたくない)埋葬ということ。三番目は、お墓が無い、有っても入れられないわけが有るなどです。

散骨に抵抗がある場合は、家に置いておくこともできます。骨壷のままではなく、粉末化して加工しておいておく事もできます。また、一部を散骨し、手元に少し、小さな分骨容器に入れ、残しておくこともできます。現代は、家族が日本だけでなく、世界中に住むことも多く、そんなご家庭では、海は世界に通じ、海流が回っているからと、海に散骨し、海を見て、故人を思い出したりしています。(風の日誌、2002年8月13日の「モダンだった・・・」を参照下さい。)

お墓はどちらにしても永久に守れるものではありません。何かにつけ、思い出すことが供養ですから、できるだけ故人らしい思い出を作れる方法が良いと思います。

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2002年11月20日

委託のご遺骨は、三崎の漁師さん

 ご家族が立ち会われない散骨も増えている。遠くは、九州、北海道、新潟などから「ゆうぱっく」で、ご遺骨が送られてくる。都内の方ももちろんあるが、それぞれのご事情をお持ちである。ご遺族がご高齢だったり、船に弱い方、身寄りの無い方や、遠縁からの依頼もあるし、極まれには、寂しいかな早く安く処分したいという方もなくは無い。
 先日の合同、及び委託散骨は、この時期にしては難しい妙な天気の中で行われた。その日は、朝10時ごろまで風は止まず、波浪注意報まで出ている。しかし、読みとしても、予報でもそろそろ風が落ち、波も低くなり、太陽が明るく出るはずである。参加者の中には、お昼すぎには予定がある人もいて、とりあえず、船は出港した。マリーナの出口付近でややローリングは、あったものの、風、波とも読みどおり次第に落ち、いい塩梅であり、快調に進んで行った。
 今回は、お預かりしている中に、三崎港のマグロ漁師さんだったというご遺骨がある。身内とは付き合いがなく、息子さんの元奥さんが最後は、看取ったらしい。
 三崎港は、全国的にマグロで有名だが、私たちにとっても馴染みの深い港である。 その昔、ヨットでクルージングに行くときは、必ず三崎港に泊まり、銭湯に行き、よく漁師の人たちと会っていたのである。男湯では、漁師と間違われて「お前は、マグロ(漁師)か、カツオか?」と、色黒の我が船長は聞かれたらしい。
 『オンデーヌ5』は、城ヶ島大橋をくぐり、三崎港に入る。何百羽というユリカモメと大きな鳶たちが低く飛び交い、出迎えてくれる。私は花に囲まれたご遺骨の入った籠を持ち、後部デッキにでた。故人に最後に三崎港を見せてあげたかった。「懐かしいでしょう、戻ってきましたよ」心の中で話しかける。
 港を出てしばし走り、散骨海上に至る。その日、散骨の最初の方には、キタローの音楽をかけ、次の方には、八代亜紀の「舟歌」を流し、そして元漁師さんには、船長の配慮で選んだ「兄弟船」をかけた。他の参加者の方々は、目で微笑んでいた。曇り空から、かすかに光が射した。

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2002年11月12日

水辺のサンクチュアリー

 11月10日、11日の両日はプライベートに過ごした。
 この日は、「フラットカーム」、英語圏のヨット乗りが言う、波ひとつ無い暖かい日だった。隣の、横浜ベイサイドマリーナから遊びに来た友人のヨットは、往復、全航程が機走(帆を使わずエンジンで走ること)だったと、ボヤイたメールが届いた。
 友人達と昼食を楽しんだ後、食糧を仕入れ、妻と二人で三崎港を通過し、油壺に向かった。ここには十年前、海外クルーズに向かうために、ヨットを半年掛けて修理・補強したヨットヤード(工房)がある。沢山のヨットが整然と並んでいる。ブイに舫いを取る。「オンディーヌ、明日も休みなの?イイナァ」帰り仕度の知人のヨット乗りから声が掛かる。
 両岸は深い森である。上空に沢山の鳶が滑空し、目の前の水面すれすれにアオサギが「バサバサ」と機械仕掛けの様な音を立ててダイナミックに飛ぶ。テンダー(小船)が接舷し、この入り江の住人であるヤードの女社長(と言ってもいつまでも若々しくて、少年のよう)が乗船してきた。三人でワインを飲みながら野鳥談議を楽しむ。岸近くにはカワセミも来るそうだ。
 翌朝、日の出前に起き出し船外へ出た。冷たい空気に吐く息が白かった。数年前、アラスカの入り江で過ごした日々にタイムスリップした様だった。散骨で知り合った「野鳥の会」の人たちも気にいりそうな場所である。
 気象・海象も冬型になり天気予報も当たり易くなった。暖かい船室、そして「フラットカーム」な冬の海は、絶好の「散骨日和」である。「風まかせコース」の季節です。

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2002年11月06日

百合カモメがピンクの百合に

 今回は、亡き奥様との思い出の海、伊豆白浜沖にという依頼であった。母港浦賀から、東伊豆までは早くて片道3時間はかかる。往復6時間以上の航行は間違いない。波、風とも穏やかでいてくれればいいのだが、お天気と海象は、厳密には、その時にならなければ分からない。船長も非常にナーバスになる。
 その数日前に、1度下田まで車で行き、船に慣れてないみなさんを、如何に安全に且つ、出来るだけ快適に、そしてイメージどおりの散骨ができるようにするか、かなり考えてしまった。
 伊豆は『オンディーヌ』にとって、船検上も時間的にも行けるギリギリの範囲である。それ以上の場合は、地元の船をチャーターすることになり、それは釣り船のことが多い。今回も下田から船をチャーターすることも考え、依頼者のKさんにビデオなどを見せ、いろいろミーティングを重ねた。
 少々海が荒れることを考慮すると、船に弱い人には、かなり辛いだろうし、よほどの海好きでなければ、6時間は長く、多少の忍耐がいる。結論として、熱海乗船で、『オンディーヌ』で行くことになった。熱海からでも往復4時間はかかる。
 船長は、相変わらずナーバスで、天気図を見続け、2日前に母港を出て、熱海で待つことにした。回航の日は、ハロウィンで、海はこれ以上ないというくらい静かで穏やかで、波一つない湖のような水面だった。季節はずれの太った飛び魚も多く、素晴らしいクルージングとなった。同乗した我が家の灰色猫のグリも久しぶりに船に乗ったが、よく寝られたようだ。
 さて、散骨当日、天気は晴天、風やや強く、波も所により暴れていた。前日までの地元の漁師の情報では、西風なら少々強くても、沿岸を行けばOKということである、西風の予報だった。ところが風向きが変わり、予定ほど海の状況は良くなかった。
 それでも秋晴れの伊豆半島は美しく、大島、利島、新島、神津島、三宅島、式根島、伊豆諸島がくっきり見える。海も次第に透明度を増し、紺碧の水が輝いている。空も頭上には灰色の雲があるが、彼方はフィレンツェの空のよう、フレスコ画のマドンナの背景、薄いクリアなブルーである。
 白浜沖である。井上陽水の曲「いっそセレナーデ」が流れる、ピンクと白の小花が海に撒かれる。故人の好きだった淡いピンクの百合の花が、そして白百合、小さな小さな白い包みのご遺骨。
 曲は谷村新司に変わる「バイバイバイ、バイバイバイ、バイバイバイマイラブ」。いつも飲んでいたお酒、ウーロン茶、大好きだったというフグ刺しも、そして最後にビール。親戚(?)の若い男性が船のサロンのピアノを弾き始める。ショパンの「別れのうた」。船は散骨地点を周る。百合の花の列を餌さと間違え、赤い嘴で小柄なユリカモメが下りてきた。
 夕方、母港に戻った『オンディーヌ』の上からピンクの虹が見えた。西の空、雲に映えた夕焼けは、凄まじいまでの茜色だった。その日は、生きていれば56歳になったであろう麗人の誕生日だった。

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