お客様の声(風の日誌)

散骨式などのエピソードを読める「風の日誌」を過去のものから全てを掲載しています。過去のものは右の目次からどうぞ。

2003年1月

2003/01/14 美味しいコービー
2003/01/14 クリスマスイブの散骨・・・2
2003/01/14 クリスマスイブの散骨・・・1
2003/01/03 理解あるご親戚に送られて・・・2

2003年1月14日

美味しいコーヒー

 「風の日誌」に掲載した「クリスマスイブの散骨…1、2」のYさんからコーヒーを頂いた。自慢するわけではないが、私達夫婦はコーヒーにはうるさい。新婚の頃、妻はキャラバンコーヒー(横浜)に勤めていた。妻の持ち帰る、深く焙煎された個性の強い味に魅了された。

 いま愛飲しているのは、スターバックスの「ユーコンブレンド」、たまに、タリーズでも購入する。最近、近くでキャラバンコーヒーが手に入らない。

 これで、新しい選択肢(焙煎職人 鈴木正美さん)が増えたわけだ。マリーナのある浦賀(スタ-バックスが無い)でコーヒーが切れ、イライラしながら過ごすことも多い。インターネットでこのコーヒー豆が取り寄せるのなら、トライしようと思う。アドレスは、http://www.suzukimasami.jp/ だ。気になったら、のぞいて見てください。

 散骨のあと、マリーナに舫いを取り、いっぷくのコーヒーをお楽しみください。

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2003年1月14日

クリスマスイブの散骨・・・2

 「ごあいさつ」
寒さの厳しい折り、皆様いかがお過ごしでしょうか。
父 K.Y.(享年76歳)の訃報に際し、皆様のご厚意に、あらためて感謝申し上げますとともに、葬儀のご報告をいたします。
さる12月23日、故人の遺志により、自然葬を執り行いました。遺骨は神奈川県三浦半島の城ヶ島沖にて、好天に恵まれるなか散骨いたし、つつがなく葬儀を終えることが出来ました。
長野県岡谷市に生まれ、少年時代は中国大陸に育ち、終戦後、特攻隊の生き残りであることを忘れることなく生きつづけてきた父でした。自然葬を希望していたことは、戦地で散った仲間を思い遣ってのことかもしれません。
晩年は、人々の心をずたずたに引き裂いた戦争を振り返り、独自の平和研究に没頭しておりました。激動の時代に生きた父は、苦労も多かったとは思いますが、それでもなお、自分の心を大切にしたまま人生を終えることができたと信じております。
最後になりましたが、皆様の益々のご発展を心よりお祈り申し上げ、ごあいさつとさせていただきます。

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2003年1月14日

クリスマスイブの散骨・・・1

 昨年12月23日(月曜日)に散骨を実施されたYさん(フリー ジャーナリスト)から、お便りを頂きました。私どもへの手紙と、故人のお友だち・ご親戚への「ごあいさつ」の2通があり、特に後者は私(船長)の亡父にも通ずる記述があり、心うたれるものがありました。Yさんに承諾を得、ここに掲載いたします。

 前略 過日は大変お世話になり、ありがとうございました。参列した妹夫婦も「良かったね」と喜んでおりました。妹が会社の同僚に自然葬の話をしたところ、「意外に希望者が多かった」といい、風さんを紹介しようと思うと話してくれました。
自然から生まれた肉体が自然に還る。ごく当たり前のことを、当たり前のこととしてとらえる良い機会でした。
もともと自然葬は故人の遺志でしたが、私の周りには、自然葬を行った例がありませんでした。そのため、初めての経験となったわけですが、船長夫妻に依頼できたことをありがたく感じております。
以前にお話したことですが、風さんにご連絡したのはインスピレーションです。これまでも私は直感とか感覚を、もっとも大切にして生きてきました。打算を働かせると直感も鈍りますが、打算の無い直感で外れたという経験はいまのところありません。人間は感性に生きる動物であると、個人的に確信しています。
最近、「魂の存在をどうやって意識できるだろうか」ということを考えております。平和な社会を築くためには、世界中の人々が同じ人間として向かい合う必要があります。姿や形、声も考え方もそれぞれ異なる人間に共通するもの、それが魂であろうと思うのですが、目に見えないものは、なかなか表現できません。そんなとき、父の自然葬を経験できたことは、私にとって運命的ものだったかもしれません。
まだ感覚的なことで、うまく表現できないのですが、ごく自然な形で肉体を還す儀式は、魂の存在をより鮮明に意識する良い機会ではないだろうか。そんなふうに思いました。
目に見えるものはいつか滅びます。ところが、諸行無常を理屈では理解できても、やはり目に見えるものに執着するのが人間なのだとも思います。とくに、人間がもっとも執着するのは自らの生命ではないでしょうか。生命に対する執着は、おそらく動物であれば当然のことなどで、否定するわけには行きません。ただ、肉体が滅んだとき、当たり前のように自然に還すという儀式を実体験することで、諸行無常を肌で感じることができました。
残るのは故人との思い出、故人の生き様ということになりますが、あらためて振り返ると、父の生き様そのものが魂の行いだったのだろうと、いま実感しております。それならば、いま現在を生きている私は、魂の存在をはっきりと自覚して、精一杯魂を磨くような生き方をしたい、そんな思いを強くしました。
あらためて船長ご夫妻に感謝申し上げ、ご挨拶に替えさせていただきます。

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2003年1月3日

理解あるご親戚に送られて・・・2

 年賀状の中に、12月17日の日誌「理解あるご親戚に送られて」のAさんからの、礼状を見つけました。承諾を頂き掲載いたします。

 12月15日の海洋葬、有り難う御座いました。親戚一同、皆、始めての事なので、海に花とともに投げるのに、戸惑っていたようですが、きれいで、穏やかな海に母を葬れてよかったと申してました。
参列した叔父も「たいへん簡素でよかった、私も海に葬ってほしい。」と言っていました。親戚の中には、私はハワイの海がよいとか、私は尾瀬か、富士山がよいとか申している者もいました。お墓に入るのを嫌がっていた母にとっても、たいへん、よかったと思っています。
いろいろと連絡が不行き届きで、ご迷惑をおかけしましたが、良い船で、よい天気で、そして、よいスタッフにより、海洋葬をできましたことを大変感謝しています。

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