お客様の声(風の日誌)

散骨式などのエピソードを読める「風の日誌」を過去のものから全てを掲載しています。過去のものは右の目次からどうぞ。

2006年5月

2006/05/07 逗子・葉山、それぞれの思い出
2006/05/07 メリー・ウィドーの優雅な生活
2006/05/07 春の香り(最後の一周)
2006/05/02 最後の一周

2006年5月7日

逗子・葉山、それぞれの思い出

4月の合同散骨が先月23日に葉山・逗子沖にて実施された。

参加された3家族は、皆それぞれ逗子や葉山に特別の思いを持っていらした。お父様のご遺灰を散骨されたAさん、お母様のを散骨されたFさん、旦那様のを散骨されたTさん、それぞれが3名ずつ参加された。

Aさんは、昔、葉山に住み、森戸海岸から名島付近の海でお父様と泳いだ思い出がおありで、その場所にかなりこだわりをお持ちだった。

音楽は「われは海の子」をお掛けし、「さつま白波」と偶然見つけた「我は海の子」という焼酎を献酒し、ご用意した黄色系の花をご遺灰と一緒に海にお還しした。お家からお持ちになった沢山のタンポポも一緒に海にお還しになり、幼き日の郷愁が海いっぱいに広がった感がした。

Fさんは、数年前お父様のご遺灰を逗子の海に散骨しており、そこへお母様のも散骨なさりたいということだった。彼女も逗子の海岸で見た花火や息子さん2人を逗子の高校へ入れていたときのことなど、やはり逗子の海への思いは強い。

「ユーモレスク」の流れる中、カスミソウを中心にした、野原のイメージの花々に、自宅の庭からお持ちくださったパンジーが鮮やかさを足して海に還された。

お酒をお飲みにならなかったお母様には、お茶が捧げられ、曲はいつしか同じドボルザークの「わが母の教えたまいし歌」に変わっていた。

そしてTさん。全部が50代の喪主を中心としたご家族だったが、Tさんだけは突然53歳のグラフィックデザイナーだった旦那様をお亡くしになられるという悲劇の中にあった。

3人のお嬢様のうち、お2人が一緒に参加されたのだが、まだ2ヶ月前の出来事であって、とても信じられない、受け入れがたいという思いでいっぱいのようだった。

彼女たちもやはり昔、逗子の新宿に住んでいらして、また近々逗子に住もうと言っていた矢先だったという。「タイスの瞑想曲」が流れる中、旦那様がデザインしたラベルの高級ウィスキーがご遺灰と一緒に海に還された。

まだどうしていいか、何がなんだかわからない日々といった感じらしく、昨日奥様から「残された家族を養い、仕事をがむしゃらにしている毎日です」とお葉書が届いた。

その日小雨の中、船は名島の鳥居を見て、裕次郎灯台の側を通り、沖から新宿湾を見て、逗子付近を回り帰港した。

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2006年5月7日

メリー・ウィドーの優雅な生活

今回は、旦那様の七回忌ということであった。散骨の時の船が、今は、結婚式やパーティ専用になってしまって、私たちのところにいらしたのだ。

彼女は毎年命日に、お嬢様2人と船をチャーターして、同じ場所に花を手向けていたという。花は純白の物をそれぞれが花の部分だけにして持ち寄り、時間までこだわっていた。

不思議にその日は、毎回天気に恵まれ、一度も欠かさずに済んできた。そして今回は、晴天に加え、富士山が素晴らしい美しさで目の前に輝いていた。彼女たちもこの海域で命日に富士山を見たのは初めてということだった。

いろいろお話を伺うと、あまりの優雅さに只々感嘆してしまう。4月中頃は、軽井沢の別荘へ、そして5月の連休明けはエーゲ海へ。豪華客船「飛鳥」での世界一周を何度もなさり、南極やグリーンランドも含め、世界75カ国以上をお回りになったという。

バレリーナとピアニストのお嬢様2人も含め、その若さと美貌はとても年齢を信じさせない。

彼女たちは「来年もまた、お願いします」と予約されて三崎港を後にされた。

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2007年5月7日

春の香り(最後の一周)

3週間ほど前、ある素敵な海洋葬が行われた。お葉書を頂いたUさんのご家族の散骨である。

最初の予定の日は、春の嵐となり1週間延期になっての出港だった。喪主の旦那様を始め、お嬢さん、息子さん、お孫さんと総勢15名が集まり、和気藹々と和やかに70歳で亡くなられたKさんのご遺灰を海に還された。

Uさんはご自分で編集された思い出の曲のテープをお持ちになり、奥様の散骨への思いを皆様にお述べになられた。そして何よりも素敵だったのは、奥様愛用の香水をそれぞれのご遺灰の包みに一吹きされたことである。

あらかじめ17個(2人は欠席)に分けて水溶紙に包まれていたご遺灰にお孫さんが香水を吹き掛け、お1人ずつに渡された。その麗しく優雅な香りは、思い出の香りとしてご家族の心に深く残ることだろう。

今まで、多くの方の散骨に立ち会って来たが、故人の香りということまで思い及ばなかったのだが、今回、旦那様の奥様への思いと奥様のお名前が香りに因んだお名前だったことから、この「香りの葬送」になったのだと思うが、本当に心に残る素敵な海洋葬であった。

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2006年5月2日

最後の一周

4月15日に、葉山沖で奥様のご遺骨を散骨された、U様からのお便りを、承諾を得、掲載します。

海洋葬実施証明書と、多数の写真、有り難うございました。

当日、天候にはらはらしながらも、散骨出来て幸せでした。お蔭様で大自然の海原の上で子供たち、孫たち交えて賑やかに遺骨との別れを行うことが出来ました。

「風」社はじめ関係の皆さんに御礼申し上げます。きちんとした儀式が、大自然の中であまり暗くならずに、自然との一体感を持って出来たこと、嬉しく思っています。

難しい感情の起伏のある私達を、「風」社の方々が穏やかに、自然に迎えて頂いて、私達も安心して心静かに散骨を終えられました。

今迄中々ふっきれなかった、故人との別れが、少しふっきれ始めたかとも思います。最後の一周、波に浮かぶ花々の色、印象的でした。

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