お客様の声(風の日誌)

散骨式などのエピソードを読める「風の日誌」を過去のものから全てを掲載しています。過去のものは右の目次からどうぞ。

2012年2月

2012/02/12 11月19日、土砂降りの中ご先祖4名様をご家族、ご親戚が集まり海へ散骨なさったSさんから12月に頂いたお手紙です
2012/02/10 9月18日にお母様の散骨をなさったAさんから10月に頂いたお手紙
2012/02/06 10月31日の合同海洋葬にご姉妹で参加され、弟さんのご遺灰を散骨されたKさんとHさんからお手紙を11月末に頂きました

2012年2月12日

11月19日、土砂降りの中ご先祖4名様をご家族、ご親戚が集まり海へ散骨なさったSさんから12月に頂いたお手紙です
(Sさんは、2度目の散骨でしたが、今回は打ち合わせが悪かったのか、我が社始まって以来初めて、全員が喪服でご参加になりびっくりしました)

11月19日は雨の中、散骨を実行して頂きまして、心より御礼申し上げます。お礼状が遅くなり心苦しく思っております。

久しぶりに叔母、伯父に会い、知らない事を聞く事ができました。それによりますと城南教会のお寺は、自由ヶ丘にあり、戸越は墓地のみだったそうで、そのお寺が戦火により全焼し、墓地のみ残り、時代と共に切り売りし、納骨堂のみが残ったそうです。それがこの度、ご住職もご病気で、すべて売り払い姿を消す事になったしだいでした。
叔母様も伯父様もいろいろな思いをこの度、海に捨ててふっきれたと申しておりました。風様の手助けのお陰と思っております。

参加者は平服でと伝えたつもりでしたが、なんと皆黒い服を着て来ましたのは、皆の心情が同じだったのかと不思議な気がしました。
散骨は、ほとんどの人が初めてで、このセレモニーで、散骨者を含め五代目までが船に乗っており、命のつながりを大事にしなくてはいけないと思ってくれたようです。

このセレモニーを行って下さった風の皆様、雨の中本当に有難うございました。
お天気にいつも気を使い、ご心労もあるかと思いますが、健康に留意し多くの人々の助けになって下さい。 心よりお礼申し上げます。

参加者一同より

海洋散骨ディレクターの補足

原則として喪服を着ないというのは、かなり浸透しているのですが、時々、「どうしてですか」と聞かれます。散骨は、決して違法ではありませんが、特に散骨の法律が無いため、自主規制の形で行われています。基本的には、「畏敬の念と節度を持ち」「他人に迷惑をかけない」です。また、「遺骨遺棄」「海洋汚染防止法」には留意して、ご遺骨を粉末状にし、海岸から離れて散骨するわけです。

喪服に関しては、その様な服装でヨットハーバーなどレジャー施設への出入りを禁止されていたり、縁起を担ぐ漁師さんやリゾート中の方に配慮して目立たぬようにしているのです。

しかし、Sさんのケースは、悪天候が幸い(?)して、桟橋にも誰も居らず、レジャー施設でも漁港でもなかったので、問題はありませんでしたが、湘南のマリーナであれば、中止になっていたと思います。大人数の場合、親戚の方が1人位喪服でいらっしゃることがありますが、その場合も場所によっては乗れないか、着替えて頂くかになります。

Sさんは、前回義理の弟さんの散骨に立ち会われ、今回は、納骨堂の立ち退きで、お父様、お祖父様、伯父様、叔母様4柱をお台場から出港、今日開通の東京ゲートブリッジ沖にて散骨されました。
この日は、大雨で風も強く、あの場所だったので、何とかできたという状況でした。
Sさんは、リクエストの曲、「エノケンの月光値千金」、「ラバウル小唄」「昴」の歌詞を全員分用意していらして、セレモニーでは、風が強く歌えませんでしたが、帰り道客室にて、和やかに皆さんで歌っていらっしゃいました。

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2012年2月10日

9月18日にお母様の散骨をなさったAさんから10月に頂いたお手紙

拝啓
中秋の候、皆様にはご清祥のこととお慶び申し上げます。
先日は、心に残る散骨の儀式を執り行うことができました事を心よりお礼申し上げます。
母の好きだった紫の花とともに、太平洋の蒼い海に静かに溶けるように、流れていくことが印象に深く残りました。
また、音楽も選曲の難しい中、母が倒れる直前まで好きだったイ・ビョンホンの「IRIS」から「忘れないで」を選曲していただき有難うございました。
母もさぞ喜んでいてくれるでしょう。
太平洋の潮流は、7年の歳月をかけ、母の愛した南太平洋のニューカレドニアの海に辿り着くとのお話しを頂き、私ども、長い悠久の流れに浸る思いでした。
素晴らしい散骨ができましたことを感謝するとともに、有限会社「風」様のますますのご発展をお祈りいたします。
敬具

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2012年02月06日

10月31日の合同海洋葬にご姉妹で参加され、弟さんのご遺灰を散骨されたKさんとHさんからお手紙を11月末に頂きました

Kさんから

10月末に弟の散骨を風にお願い致しました。
その節は、ご夫婦のやさしさにふれ、感謝致しております。
妹と弟の事で、どうしようと迷っていたところ、海が好きで、休日のたびに釣りばかりしていた弟の事で・・・。
生きていた時から「オレに何かあったら、海にまいてくれ」と言っていましたが・・・。
まさか弟が先にいってしまうとは、おもっていませんでしたが・・・。

あの日、お天気も良く、青い空と海中に真白い和紙に包まれたJの骨を流し・・・、
でもなぜか、あまり悲しくもなく、心穏やかに送る事ができました。
用意して下さったすてきな花々と共に静かに沈んでいきました。
こんな別れもあるんですね。

家に帰って来てから、主人に話しましたところ、海外駐在20数年、台湾で過ごしましたので、僕も台湾と日本の間に流せるのもいいかなー。
海外に多くの友人も持っている主人としては、そんな事も考えるのでしょう。
この度、私の船酔いもありまして、大変お世話をかけました。
お写真もとてもよい記念になります。ありがとうございました。
お礼まで。

Hさんから

散骨の際は、大変お世話になりました。
また、写真を沢山有難うございました。

亡くなった弟とは、小さい頃から仲の良い姉弟でした。
住まいも近かった為、独身の弟は、よく我家に遊びに来てました。
そんな中、冗談とも真面目ともいえない口調で「もしもサー 俺が死んだら 海に散骨してくれよ~・・・」
よく、こんなことを口にしていました。
お酒のせいかナ? 酔って言ってるのかナ?

実際に実行するまで、長い間迷い、悩みもしました。でも・・・。
あんなに美しくて「海に抱かれるように~」というシーンを経験して、安心と同時に感動致しました。
これも「風」のお二人のお人柄の良さがあればこそ「いだかれる」という感情になれたのだとつくづく思います。
改めまして、お礼申し上げます。
お礼が遅くなり、申し訳ございませんでした。
「ありがとう ございました」

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