お客様の声(風の日誌)

散骨式などのエピソードを読める「風の日誌」を過去のものから全てを掲載しています。過去のものは右の目次からどうぞ。

2017年3月

2017/03/31 シンクロニシティー⑦ 沢木耕太郎「春に散る」を読んで
2017/03/29 シンクロニシティー⑥ 沢木耕太郎「春に散る」を読んで
2017/03/28 シンクロニシティー⑤ 沢木耕太郎「春に散る」を読んで
2017/03/25 シンクロニシティー④ 沢木耕太郎「春に散る」を読んで
2017/03/20 シンクロニシティー③ 沢木耕太郎「春に散る」を読んで
2017/03/17 シンクロニシティー② 沢木耕太郎「春に散る」を読んで 散骨とセックスの話
2017/03/11 シンクロニシティー① 沢木耕太郎「春に散る」を読んで

2017年3月31日

シンクロニシティー⑦
沢木耕太郎「春に散る」を読んで

「がんで良かった」と告知の時妻はいった。

文芸春秋の記事で「からすま和田クリニック」を知った。
食べ物等で体質を改善する治療方針だ。
小豆島から月2回、京都に通った。
その間、香川県立中央病院で抗癌剤治療も続けた。
頭髪は抜けたが、癌の病巣は減った。
手術が可能な状態になり、東大病院の教授を紹介された。
東大の医師たちのカンファレンスで話題の患者になった。
「高齢の患者が、最強の抗がん剤に耐え抜いた・・・」と
私たちは和田先生の体質改選がそうさせたのかと思った。
流布されていた抗がん剤の副作用に苦しむことは少なかった。
最初の手術で肝臓の半分を取り、今は安静に暮らしている。
告知されたことにより、自分たちが納得できる
治療を研究し選べたと思った。

二度目の手術の説明を聞いた妻は少し落胆している。
次の手術が成功しても、それなりの生存率と言われた。
また「がんで良かった」と言える結果になると良いが・・・。

セカンドオピニオンで訪れた医師たちは
事務的に標準治療の説明と生存率を繰り返すだけで
私たちを落胆させた。
和田先生の「私と此処の医師、看護師と貴方たちで癌に向き合おう!」の一言に
救われたし、涙がでた。
これまでに、こんなふうに言ってくれる医師は居なかった。

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2017年3月29日

シンクロニシティー⑥
沢木耕太郎「春に散る」を読んで

「メメント・モリ(memento mori)」死を忘れるなと云う言葉。
ラテン語だそうである。中世ヨーロッパでは、ペスト等の疫病
戦争や飢餓で死は日常の一コマであったろう。

70歳を前にして病を抱えていると
死は自身の身の回りに漂っていると感じる。
小説の主人公にも、それを感じる。

私も癌を抱えいながら元気でいればいるほど
「恍惚と不安二つ我にあり」である。
新聞の訃報の記事の享年を見ても、あと何年かと思ってしまう。
私は、十代後半からロッククライミングにのめり込んでいた。
沢山の友人が谷川岳や穂高連峰等で亡くなった。
海外の山で死んだ者もいた。
今より死が身の回りに充満したいた。
それでも仲間たちも皆自分の死はないと思っていたのだろう。
毎週末、高難度の登攀に挑んでいた。
日常の中で親しい者たちが死んでも
大きな動揺は無かった。
悲しさや喪失感より、事故の原因を知りたがった。

今、私の周りで友人が死亡することはめったに無い。
でも当時とは違い、身につまされる様な死は
確実に身の周りに漂っている。
自分の死を考えると残される妻の事
猫たちの事(子供は居ない)が心配だ。
「海洋自然葬の風」の事ももちろん心配である。
この仕事の準備段階から三十年が経とうとしている。
二千数百柱の散骨をしてきた。
事務所にはファイルが積みあがっている。
生前予約の方たちの分厚いファイルもある。
最近はリピーターのご家族も多い。
その方たちへの責任がある。
有能な後継者に後を継いでほしいのは当然ことだ。
妻と二人で築き上げて来たこの会社を
プライドと責任を持って継承していく人材がが必要だ。

小説の主人公とその友人たちは自分たちが積み上げた
実績を引き継いくれる若者の存在に勇気づけられる。

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2017年3月28日

シンクロニシティー⑤
沢木耕太郎「春に散る」を読んで

「告知」に付いて。
この小説の主人公は、重篤な心臓病を医師から告げられるが
彼は誰にも知らせない。

妻の母親は15年前癌で亡くなった。
医師は母に「告知」をしなかった。そうゆう時代だった。
私たちは看護をしながらもその話題は避けた。
何時もぎこちない会話、雰囲気が漂っていた。
ホスピスに入院した最後の三十日間
母も私たちも一言も其れには触れなかった。
完ぺきではなかったが
痛みがコントロールされていたのがせめてもの救いだった。

妻のケースである。昨年私たちは小豆島に住んで居た。
香川県立中央病院は20年以上前から
癌患者への告知を積極的に行っていたという。
MRI等の結果で「なにもしなければ今年いっぱい・・・」と告げられた。
手術もできない状況と告げられたのは昨年の6月の事であった。
あちこち相談しても、同じ答えが返ってきた。
あまりの余命の短さに愕然とした。
そんな中、小豆島のクリニックの待合室で目にした
文芸春秋の記事が光を与えてくれた。

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2017年3月25日

シンクロニシティー④
沢木耕太郎「春に散る」を読んで

「老いと病」がこの小説のメインテーマの一つであろう。
私も団塊の世代の一員であり、がん患者である。
三年前の春に手術をし、抗がん剤を続けた。
今のところ再発も転移もなく、すこぶる体調は良い。
しかし、年相応に疲れの回復は遅い。
小説の主人公は心臓病を持っている。
体に時限爆弾を抱えている諦めと不安が共鳴できる。
かつてヨットでの旅の途中、多くの日系人に助けられた。
当時私は五十代に入ったばかりだった。
米国やカナダの日系移民一世の方たちのお話を聞いた。
現地で地位を築いても病気になると
多くの一世の方たちは帰国を考えるという。
二世、三世はそんな考えはないようだ。
この小説の主人公もそんな風に帰国した一人である。
癌の話にもどろう。
実は私の妻も癌である。日本人の二人に一人は癌になる時代だ。
妻は「癌でよかった!」という。
告知され、余命が告げられた時には愕然としたが
冷静さを取り戻した彼女は残されて時間のプランをたてはじめた。
やり残していること、残された時間で出来る事・・・
しかし、良い医師に巡り合い、妻は抗がん剤の副作用に耐え
最初の手術も済み、今は一月後の二度目の手術に備える日々が続いている。
最初に告知された余命はとっくに過ぎている。
散骨される方も癌患者が多い。
今は、生前予約をされている癌患者の方々や
遺族の方たちから多くのことを学んでいる。

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2017年3月20日

シンクロニシティー③
沢木耕太郎「春に散る」を読んで

散骨で日本各地を回った。
民宿や漁師の夜話に、興味深い話を聞く。
沖縄では海賊や密輸、密航の話など。
現代でも「実は先祖が・・・」とか「戦後すぐ・・・」など話が進む。
瀬戸内海でも、周防大島の南の孤島にそんな場所があった。
犯罪者や、経済的に破たんした家族を匿っていたという。
北海道ではレポ船の話が生々しい。
この小説の中に逃亡劇が書かれている。
ヨットの旅の途中で寄港したカナダの島にもそんな場所があった。
第二次大戦から、ベトナム戦争にかけて
合衆国からの脱走兵や兵役拒否者を匿い、主に北欧に逃がしていたという。
これらの話は、後日詳しく書いてみたい。

最近はトランプ大統領のせいで
カナダへの逃亡者が増えているとニュースが伝えている。

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2017年3月17日

シンクロニシティー②
沢木耕太郎「春に散る」を読んで
散骨とセックスの話

沢木小太郎の著作にセックスの描写は珍しい。
私の知る限り、初めてかもしれない。下巻の後半に書かれていた。
主人公は新宿のゴールデン街を思わせるバーで自殺願望の若い女と知り合い一夜を過ごす。
「老齢にもかかわらず元気で口が悪く、しかし酒飲みにはやさしいところがある・・・」
このバーのママに、十年前に亡くなった友人だったゴールデン街のバーのママの面影を感じた。
彼女が亡くなったのは、六十代になる前だったから老齢でないが。
短い言葉のやり取りに、彼女の独特の優しさと存在感を思い出した。
彼女の生前の希望で城ケ島沖で散骨した。映画監督や作家、編集者、左翼活動家が参列した。
狭いそのバーの奥にトイレがあり、そのドアの右側に彼女の散骨実施証明書がかかっている。
ドアの建付けは悪く、開け閉めで証明書は傾く。私は行くたびにそれを直す。
かつて、このバーのママの25周年パーティーで沢木耕太郎を見かけた。
小説下巻後半に、サーファーで元ボクサーの妻の散骨が書かれている。

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2017年3月11日

シンクロニシティー①
沢木耕太郎「春に散る」を読んで

3月3日、私(船長)は東京大学附属病院のICU控室で、 妻の手術が終るのを待っていた。朝から始まった手術は9時間に及んだ。
その間、沢木耕太郎「春に散る」の上巻を読了した。

マイアミから始まるこの物語は、私たち夫婦の旅(人生)をなぞるように展開していた。
マイアミ、キーウエスト、仔猫、骨壺、散骨、逃亡者、格闘技、帰るべき場所等々、 キーワードごとに短文を書こうと思った。

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