癌ステージⅣを5年生きて 24

散骨の風ディレクター KYOKO

私と病院

今日、月に1度の診察で横須賀の病院に行った。私は、もう治療する事が無いので、東大病院から横須賀の病院に移された。3月までは若い女医さんだったが、4月から男の先生に変わった。病院の待合室はほぼ満席で、予約をしても1時間半は待たされる。血液検査の結果待ちの1時間を入れ、会計が終わるまで3時間以上病院に居た事になる。

先生としてもそれだけの患者さんを診なければならないので、治療の必要、つまり治る見込みのない人は来るなと言うのは解る。東大から地方病院に回されたのもそう言う事だ。そして、今、また、もっと小さいクリニックなどに移るように、遠回しに言われた。「往診して貰ったらどうですか」と先月も言われていた。

しかし、私は寝たきりではなく、仕事もすれば家事もし、疲れやすいが普通に生活できる。でも、「往診」と言う言葉に一瞬心が動いた。3時間も病院で待たなくていいのは嬉しい。だから、それも良いかもと思った。しかし、往診費は高いし、散らかり放題の家に来てもらうのも気が引ける。それに、私は自分の病気の進行を知りたかった。前の先生の時は、毎回血液検査をし、2か月に1度はCT画像も撮った。

私は戦う

私は癌の末期にどういう風な症状が出て、どういう風に寝付いて、どういう風に終わるのか、全然分からない。勿論、初めての事で、予測も付かない。いろいろな情報を見ても先生に聞いても、人それぞれで分からないのだ。だから、せめて体の内側、見えない部分を知り、どういう状態なのか知っておきたい。先生は、治療も出来ないのにCTを撮るなんて無駄だという感じであった。しかし、私は胃に異常が有れば胃カメラを撮って調べてほしいし、肝臓に癌がまた出来ていれば、無駄でも手術をしたいと思う。医療費の無駄遣いと言われるかも知れないが、「あなたは死ぬ人間です」と言う黒のトリアージュのレッテルで見られたくない。優先順位はあるだろうが。私はいつも前向きに、諦めずに生きて来た。死を受け入れる準備が出来ていてもそうである。私は本質的に戦う人間で、勝ち抜いて来たと思っている。それは相手を傷つける戦いではなく、私の心の納得の問題で、とことんやらなければ気が済まない。

前の記事次に続く