癌ステージⅣを5年生きて 45

散骨の風ディレクター KYOKO

夫の大腸検査事件

私が退院して1週間後、今度は夫が定期健診の大腸カメラを受けに東大病院へ行った。前述の如く、前の日の夕食はお粥で、下剤を飲んで寝る。当日は朝食抜きで病院へ行き、その日に大腸検査をする人たちは1か所に集まって、一斉に2ℓの下剤を2時間かけて飲む。お水やお茶と一緒に少しずつ飲んで、腸を空っぽにするのだ。しかし、その日の夫は全くダメだった。どうしても腸が綺麗にならず、係の人も先生もどうしたらいいか分かりかねて上の先生に相談に行った。20人以上いた検査の人たちは、次々と終わって帰って行く。結局、夫はそのままでカメラを大腸に入れられたが、全然見えない、ダメだという事で、後日取り直しになった。犯人はナッツだった。夫がナッツに嵌(はま)っていて、毎日食べていたのが良くなかった。当然前日の夜は食べなかったが、ナッツは消化に時間がかかるらしい。しかし、あらかじめ貰っていた注意事項に、そんな事は書いてなかった。今までその様な人はいなかったのか。夫はナッツを絶って、再度臨んだ。今度は綺麗に撮影され、癌の再発もなかった。

抗がん剤入院

私は癌が全部取れて無くなり退院した。気分はもう治ったという感じだった。死ぬかもと言われていたのが、生き返ったのだ。しかし、主治医は消化器内科に変わり、抗がん剤治療をした方が良いと言われ、2週間後に入院が決まった。現在の東大病院は新館が立ち、A棟B棟と新館になっているが、私の時は、北側に古い暗い建物があり、そちらは精神科だったのではないかと思われた。古くて、雰囲気が暗く淀み、ホラー映画のような、普通の人は立ち入っては行けない陰気な空気があった。しかし、一般の入院も許されていて、個室でも極端に安いので、私はそちらを希望した。短期間で、抗がん剤の投与だけだからという事で、先生の許可も得た。一般の病室から離れているこちらの病棟に、忙しい先生方が来るのはとても大変な事なのだ。

レトロは面白い

私は、ドラマチックなこちらの雰囲気を楽しんではいたが、トイレが古いのは嫌だった。看護師さんもなぜか陰気に感じた。漫画の様である。昔、代々木の古いマンションに住んだ事がある。汚れたコンクリートむき出しの四角い不愛想なビルが、坂の途中に立っている。8階建てのビルには屋上が有り、共同物干し場になっている。半地下のような暗い駐車場はアクションドラマの乱闘シーンなどに使えそうだ。住んでいる人々もアーチスト系が多いそうで、部屋は改造自由だ。1階は店舗や事務所になっている。ペット可で自由な雰囲気が良い。そのビルは、ドラマの撮影にもよく使われるらしく、廊下に陸軍の憲兵がいたとか、白い看護師服を着た人と医者らしき人がいた等と夫から聞いた。その頃飼っていた猫のグリは、カナダ生まれの旅猫だ。ヨットや車や汽車や飛行機で私たちと一緒に北米大陸や北海道を回った。だからいつもハーネス付きの首輪をしていて、リードを付けてどこへでも行く。その時は、シーツなどが干してある屋上がグリの散歩場所だった。部屋はワンルームでそれほど広くない。本箱やタンスで仕切りをしたら、迷路のような部屋になった。新国立劇場に近く、西新宿までは歩いて行けたその場所は、代々木公園を散歩するのに丁度良かった。緑が多い公園は森林浴に恰好で、素晴らしい憩いの場所だった。その頃もアメリカ村に猫屋敷を借りていたから、余分な荷物は全てアメリカ村へ持って行った。バブルがはじけ、デザインも写植・版下時代からPCに完全に変わり、私たちも先が開けず、苦しくはあったが、散骨に賭ける夫の意欲も見えていた。

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