癌ステージⅣを5年生きて 58

散骨の風ディレクター KYOKO

ゴールデン街のバー

コロナの影響で、飲食店は本当に大変だと思う。かつて私たちはその店が気に入ると毎日のように行き、すぐに店の人に覚えられて、仲良くなった。私たちは臆病だから、ゴールデン街は怖い所だと思って、最初は近づけなかった。横須賀のどぶ板通りもそうだった。でも、ひそかに憧れていた。そんな時、飲食店に詳しい編集者の人が連れって行ってくれるという。私たちは喜んでついて行った。古い2階建ての掘っ立て小屋風建物が、細い通りに向かい合って並んでいる。さらに細い路地もあり、猫用の茶碗や水が置いてある。今では、外国人の観光地として有名になり、お店も随分変わった。

唯(ゆ)尼(に)庵(あん)

私たちが行ったお店は、老舗「唯(ゆ)尼(に)庵(あん)」だ。扉を開けるとL字の長いカウンターに黒い壊れかけた丸椅子が並ぶ。左の壁には、若かりしママのヌードポスターが掛かっている。昭和のニューミュージックなどが流れ、いろいろな劇団のチラシが綴じて貼ってある。丸顔でホットパンツのママは、夫と誕生日が1週間違いの同い年で、その3月30日は私たちの結婚記念日だ。その日には、毎年ここに来て、「フランシーヌの場合は、あまりにもお馬鹿さん、・・・3月30日の日曜日」という、私たち青春真っ只中の歌を歌う。ここでは誰でも、どんなに偉い人でも呼びつけだ。「おい、浜」、「おい亨(とおる)」「おい、京子」だ。ママとは猫の話で気が合った。猫ちぐらが欲しいというのでプレゼントしたのだ。ここはやはり連れてきて貰って良かった。この辺は一見(いちげん)さんには、かなり冷たいし、気に食わなければ追い出される。ゴールデン街ではどこもオーナーが強かった。でも今は違う、世代交代している。全盛期ここは有名人の宝庫だった。今は亡き、宇野千代さん、原田芳雄氏を始め映画監督や作家達も多い。4回離婚して、離婚肥りと言われたママは、突然死して、うちの船で城ヶ島沖に散骨した。高橋伴明監督や、元赤軍という人も参加した。彼女は柄になく可憐なカスミソウが好きだった。彼女のお葬式も素晴らしかった。続々と有名人が参列し、会場が白いストックの花で覆われ、その清涼な香りが忘れられない。

BUOY(ぶ い)

最近までよく行っていたのは、花園神社に近い通りを入ってすぐにあるBUOY(ぶ い)だ。隠れ家的で探せない人が多い。目立たない入口の狭い急な階段を上がって上に行く。8時開店で早い時間は、ほとんど人がいない。カウンターに7客の丸椅子が並んでいるが、どれも壊れている。大抵のお客は煙草を吸う。マスターも吸う。禁煙でない店には絶対行かないうちの夫もここだけは我慢する。ここではお互いに言いたいことを言う。肩を並べてお酒を飲めば、もうみな知り合いだ。ここは故中上健次氏が通ったバーだ。今でも直木賞作家の佐々木譲氏には時々会う。世界的なオペラ歌手も居れば、ロシア文学の教授もいる。やはり編集者の人が多い。ヨットマンでジャズ好きのマスターとはすぐ気が合い、東京に行けば会いたくて、お酒が飲めない時も寄った。

不摂生

だから手術直後にも、薄い水割りをちょっと飲みに行ったり、2度目の肝臓手術の時には、退院10日目ぐらいで大分飲んだ。いつも酔っぱらう話をする私は、かなりお酒が好きだと思われても仕方がない。でも本当は、雰囲気が好きで、おつまみなしのお酒だけでは飲めない。何より食事とのマッチングが好きなのだ。やはり牛肉は赤ワイン、魚や鶏肉、イタリアンは白ワイン、中華は紹興酒、和食に日本酒だ。しかし、なぜかビールだけは飲めない。いきなりワインや日本酒を飲んでしまう。お酒も弱い方ではない、付き合いが良いので、結構乗せられて飲む。でも失敗は、前に書いたあの2回だけである。

雪の日の大失敗

いや、もう1度ある。大雪だったある日、BUOY(ぶ い)で飲んでいた。隣に1人で飲んでいるやや若い女性がいた。話を聴くと帽子デザイナーで、今日会社を辞めて来たという。私たちは、何となく彼女を励ます羽目になり、雪の中を次から次へと知っているバーへ行き、結局その日は9軒はしごした。私たち女2人は、雪の中、キャッキャと騒ぎ、転げながら歩いた。夫は呆れてそばで見守っていた。その夜、彼女はうちに泊まった。そして次の日、うちの社員になった。しかし他のスタッフの大ブーイング、「あの人、コピー1つ取れないんですよ」仕方なく3日で止めてもらった。

ちなみに先ほどのバーBUOY(ぶ い)の奥さんは、すごい人だ。スチールカメラマンで森山大道氏の弟子だが、高倉健さん主演の「鉄道員(ぽっぽや)」のポスターなども撮っている。吉永小百合さんや錚々(そうそう)たるスターたちを写している。そんな彼女の素顔は息子が2人、普通のお母さんである。カメラウーマンらしくない、気取ったり、偉ぶったりという事のない格好つけない素敵な女性だ。

教 訓

以上は、私の反面教師としてのはなしです。私たちは、もう外ではほとんど飲まない。家では安い白ワインを水割りで氷をたくさん入れて飲む。お味噌汁代わりです。

友達でも年を取って、健康で若々しい人は沢山いる。ほとんどの人が何かスポーツをしている。スポーツをして居なくても、細くて若々しい人は、良く働き、良く動き、質素でもバランスのよい食事をし、規則正しい。

私は逆行する生き方でしたが、長生きは目標ではなく、結果的に私には私の死に方が有り、正にそうなっているのです。

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