癌ステージⅣを5年生きて 99

散骨の風ディレクター KYOKO

見果てぬ夢

この年では、出来る事は多くない。25 年位前に2人でゲイバーをしたいと思っていた事がある。最初はニューヨークで、それがだめなら東京で。それで、手頃な値段の良い物件を見つけて購入した。四ツ谷4丁目の交差点を靖国通りの方向へ行く途中、左側の坂に沿って建っている1階端の間口1軒の店舗だ。小さい部屋だが中二階があり、螺旋階段がついていた。階段の上には、小部屋が有る。間取りが面白いから、遊べると思った。下のスペースにカウンターを作って、壁に大きなシュールレアリズムの青空の絵を置く。バーニーズNYで買ったバカラのウィスキーグラスやワイングラス、シャンパングラス、デカンタなどもある。スペースが有れば、ピアノも置きたいと思っていた。ピアノは夫のロマンの源だ。ルービンシュタインの弾くショパンの夜想曲(ノクターン)が好きで、今でも聴いては、時々涙ぐむ。また、ジャズも好きなので、ジャズのライブもやりたかった。

ゲイバーあれこれ

私たちは、あくまでも遊びでバーが出来ればいいと思っていた。会員で好きな人だけ入れる。儲けるつもりはない。食べられる位の稼ぎがあれば今からでもいい。夫はゲイの人に親和力があるから、ゲイの友達も多い。私はLGBTQには反対しない。前にゲイの男の人になぜゲイなのかと聞いたら、男は染色体がXYだから女の部分もあるのと言われて、とても納得してしまった。レズはどうなのか。私は女子校に居た事が無いから、レズの知り合いも無く、その気が良く分からない。Qとは、最近知ったのだが、クエスチョンで、どとらがいいか分からないと言う事らしいが、女装の男性なども入るのかな。

ゲイバーの好(よ)さ

なぜ、ゲイバーかと言えば、性別を超えた自由さが好いと言うのがある。新宿2丁目のゲイバー街に行くと、看板の名前を見ただけでも面白い。「笛吹童子」「カマカマリーナ」等、今は思い出せないが。私も30歳を過ぎた頃には、一度行って見たいと思っていた。飲食店博士の様な知人に聞いて、夫と2人で2丁目に行った。初体験は「プロペラドライブ」と言う店で、特に変わった所が無いカウンターとテーブル2つだけの店だ。その店は、女性やタレントも来る入りやすい店で、スペインに行った彼がいた店だ。彼にいくつか好い店を教えて貰った。夫はゲイの真似がとても上手い。酔うとオカマの真似をする。だからゲイとはすぐ仲好しになり、どこでも「トオルさん、トオルさん」と歓迎される。私たちは、ゲイのショーとかを見たい訳ではない。ただ、気楽にお酒を楽しむだけである。中には女人禁制で、入口にマッチョなガードマンがいる店も有る。基本的に女性はダメと言う所では、「隅で目立たないようにね」と言われる。エレベーターに盗聴器が付いているビルもあった。店を出た私たちの話に「アーラ、悪かったわね」と声が聞こえた。私は女っぽくないから、ゲイの人に嫌われず、ゲイ仲間5人と夫と私1人が女で、夜明けの阿佐ヶ谷に車道を横並びに歩いて、ラーメンを食べに行った事がある。錚々(そうそう)たるメンバーだった。元俳優、SMグッズの店長、大人のオモチャの店の人、なぜそんなメンバーが集まったのか私にも分からない。

清水港のユニークバー

清水港では、船具屋さんの豪快な奥さんがゲイバーに連れて行ってくれた事がある。そこには小さな舞台が有り、ゲイのおネエさん達が頭に羽飾りを付け、白いチュチュを着て、白鳥の湖の「4羽の白鳥の踊り」を踊るのを見た。これが所謂(いわゆる)オカマバーかと思ったものである。私たちは、オカマバーが好きなのでは無く、男同士が静かに飲んでいる様な雰囲気が好きなのだ。上司と部下や接待やグループで騒いでいる様なのが嫌とも言える。ゲイバーではないが、清水に「R荘」と言う隠れ家的バーが在って、そこも豪傑奥さんに連れて行って貰った。その奥さんに夫は「威張るんじゃない」と怒られた事があった。彼女の家の宴会で、夫が私に何かおかずを取って、と言った時だった。夫は「すみません、甘えているんです」と彼女に言った。「R荘」は一見普通のバーだが、トイレに行くと内田百閒の「ノラや」の写真が壁に貼って有った。そして中2階が有り、そこには、吉行淳之介と内田百閒の本が本棚に並んでいた。プライベートの書斎の雰囲気があり、それが忘れられない。内田百閒の「ノラや」は、猫好きだったら、本当に胸が痛くなり、読者が主人公と同化してしまう傑作だ。

旅とマップ

私たちの考えるバーは、アンチックな雰囲気で、置く物もそれに合わせる。そして海の雰囲気も。だから貴族の館と言うよりも、古い漁師小屋に近いかも知れない。今、家にはマップケース8段に海図がぎっしり詰まっている。海関係の本やガイドブックもかなりある。ベランダには大きなアンカーが2つ、ロープや船具いろいろ。そんなものを置いて、ヨットの旅をする人にアドバイスをしたり、経験談を語ったり、そんな場所でもあるような。旅好きが集まればいいと思う。私には水商売の血が流れているから、接客好きである。オモテナシも好きだ。いつも人を喜ばし、幸せにしたいと思っている。夫は、逆だ、自分が楽しみたい人だ。奉仕は苦手だ。でも、力仕事と格闘技系は好きだ。不得手(ふとくい)な人には人見知りになる。無口と言う事だ。まあ、キャプテン兼ボディガードと言う事になりそうだ。あの眠っている海図をゴミにはしたくない。海図はロマンの源だ。若くて馬鹿だった頃は、アラン・ドロンの「冒険者たち」を観て、本気で宝探しを考えた。宝が無くても冒険に憧れた。「探検舎」という名刺を作り、友だちとカヌーでユーコン川を行こうなどと話していた。年を取っても青年の心は変わらない。そんな昔の夢や見果てぬ夢の話をする場でもいい。お酒を飲んでも飲まなくても、元気でも元気では無くても、楽しく語れる場所ならいい。店の名前は「船乗り邪夢(じゃむ)猫(ねこ)」。猫が居てくれればもっといい。

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