風の中の私 11

──やっぱり懲りない書く事は──

今回は、違う形で書いて見ました。40年位前の物語です。

新選組と猫事務所

真美ちゃんは立川のアメリカ村という所にある小さなデザイン事務所で働く事にしました。そこは刈り込まれた緑の芝生に囲まれたガレージ付きの古い平屋の家でした。所々ペンキが剥げた壁に小さな窓があり、庭にはマテバ椎の木と紫陽花の木が植えられていて、数匹の猫が遊んでいました。

その事務所から大山団地入口というバス停までは、歩いて5分位です。立川駅行のバスに乗り、窓外の基地跡風景や畑、そしてオフィス街になり15分の行程で駅に着きました。さて、これからです目的は。高尾行の電車に乗り1駅、日野です。胸が高鳴って来ました。ここに来るのは初めてでは有りません。何度来ても胸のワクワク感は変わりません。歳(とし)さまに会える、その思いで一杯です。歩きなれた道を小走りで歩き、生誕の地でまた逢えた幸せを思い、石田寺の土方歳三のお墓に行きました。ここに来ると100年の時を超え、その存在の確かさを感じるのです。
あの江戸末期、あなたはここに生まれ、体1つで男を磨き、精神的にも肉体的にも向上し続け、その生きざまを歴史に刻み、私の心を掴んで離さない。歳さま、私はこれから毎日あなたに逢いに来れますよ。彼女は嬉しくて叫びたい気持ちを必死に抑えていました。

帰りの電車は空いていました。中央線上り、東京駅行快速電車、朝のラッシュも下りだから座れます。少し遠くて乗り換えが面倒でも、座って通えるのは最高です。好きな曲を聴き、本を読んでいたら、もうそれは自分の空間、私の時間です。無駄な通勤時間でもなく、疲れもしません。そんなことを考えている内に中野駅に着き、乗り換えです。真美ちゃんは、今日の事を考え、早稲田の自宅に着きました。

次の日真美ちゃんは、元気に出勤しました。アメリカ村の1日が始まります。同じ年ごろの女子社員3人とは直ぐに仲良くなりました。一番年上の妙子さんは、ほがらかでおおらかでホッとする存在です。一つ年上のカオルさんは、ボブヘアーが良く似合う頼れる存在です。エグりんと呼ばれている江口さんは、ホットパンツを履いて、髪を明るく染めていて、一見ヤンキーですが、気さくで真面目な人でした。社長はガッチリとしたスポーツマンタイプで、面白い人です。その奥さんの京子さんが会社を纏めているようですが、2人の仲の良さには感心してしまいます。
そして喜ばしい事にここは猫があちこちにゴロゴロ寝ています。なんと開放感溢れる職場でしょう。うるさいのは仕事の納期だけ、それはどこに行っても同じです。あとは自由、そんな雰囲気が漂っていますが、忙しそうです。前の職場は漫画家の下絵スタッフ、好きな仕事でしたが、忙しすぎて余裕が持てませんでした。ここも大変だと思いましたが、それを感じさせない雰囲気に魅力を感じました。

彼女の仕事は、得意なイラストを描くのではなく、大きな機械を使い、文字を打つ写植と言う仕事です。初めて目にする機械でしたが、カオルさんが、丁寧に教えてくれるので、何とかやれそうでした。カオルさんは、なんと歳さまの日野から車で通っています。最初はバイクで通っていたそうですが、冬の寒さに懲りて車を買ったのだそうです。彼女のお母さんからは、そんな刑務所の人みたいな仕事と反対されたそうですが、猫と働けるのが魅力で来ているそうです。お母さんの言う通り、写植は刑務所の中にもある仕事で、入試問題なども作っていました。熟練の写植工が出所してしまうと、仕事が間に合わず、頼まれた事があるそうです。社長は府中刑務所では、先生と呼ばれているそうです。

猫たちは皆人懐っこくて、三毛猫のアニーちゃんとは、すぐ仲良しになりました。アーちゃんも甘えたそうに寄って来ます。茶トラの大ちゃんは、大きくておっとりしていて癒されます。皆捨てられていたり、家の前に置いていかれたりしていたらしく、愛に飢えていた感じでした。真美ちゃんが仕事に馴染んだ頃、2匹の子猫がやって来ました。近所の子供たちが連れて来たのです。「捨てられていたよ」双子の大也(だいや)君と文土(もんど)君が言います。京子さんが飛んできて、引き取る事になりました。京子さんは、「世界の困っている人は、救えないけど、お腹を空かせている猫にご飯を上げる事は出来る、勿論、出会った子にしか出来ないけど。」そう言いました。そうなんだと、真美ちゃんは思いました。ここに来た猫たちは幸せだな、皆に優しくされて、広い庭もあるし。京子さんは一匹ずつノミ取り櫛で、毛を梳いてノミを爪と爪を合わせて潰して行きます。とても慣れていて、一匹も逃しません。「名前を付けていいわよ」と言われ、白地に雉ポツのオスは井上源三郎、ゲンちゃんです。もう一匹の雉トラと白のオスは土方歳三、トシちゃんに決めました。自分の猫が出来たようで、嬉しくなりました。
明日から、ここに来る目的が増えました。もうすぐ紫陽花の花が咲きます。歳さまのお陰で良い事が起きそうです。

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