癌ステージⅣを5年生きて 20

散骨の風ディレクター KYOKO

なんて爽やかな朝なんだろう。昨日の雨が上がって緑も精気に満ちている。頭はすっきり、身体も軽く、心の底から、光を浴びた湖水のように気持ち良い。すべてが美しく見える。こんな日は何年振りだろう。生まれたての汚れなき人間という感じだ。人生に何回もない今日の様な日、特別の用事は無いが、何でも楽しく出来そうだ。何が起こったのだろう。昨夜早く寝た訳でもなく、変わった事もして無いのに、いつもの疲れさえ吹っ飛んでいる。神様がくれた贈り物という事にしよう。

抗がん剤初体験

いよいよ抗がん剤が始まる。朝一のフェリーに乗り、芸術祭で残されたアートを見ながら、高松駅前のバス停に行き中央病院前で下りる。きれいな病院で、カフェもあるのが嬉しい。初めての抗がん剤、始めに血液検査を受け、薬を投入しても大丈夫か結果を待つ。異体験だけに自分の体がどうなるのか見当もつかず落ち着かない。だが、恐ろしさは無かった。

検査結果に異状はなく、抗がん剤の説明を聞く。いろいろな薬を投与するので6時間以上は掛かるらしい。夫にお弁当を買って来て貰おうとすると、「なるべく臭いが出ない物にして下さい」と言われた。何人もの患者がカーテンで仕切られたベッドに寝て抗がん剤を受けている。私は点滴を入れるポートと呼ばれる丸い小さな器具を、あらかじめ手術をして、左鎖骨の下部に埋められていた。これが有ると一々手に注射針を刺さなくて良い。私は、いつも血管が出づらく、何回もやり直されるので助かった。

ナースコールを側に置き、異常が起きたらすぐ鳴らすように言われた。気分が悪くなったり、アナフィラキシーが起こる場合があるのだ。私は副作用の事は、あまり気にしていなかった。何が起きようとそれはそれだ。私に使われた薬は、アバスチンとイリノテカンでかなり強い薬だそうだ。イリノテカンと言う名前がメキシコのピラミッドのテオティワカンに似ていて面白いので、すぐに覚えてしまった。

飛んでメキシコシティ

テオティワカンはメキシコ最大のピラミッドで、メキシコシティから車で1時間位行った所にある。そこまで丸いワーゲンのタクシーで行こうとしたが、休日だったせいか大渋滞で全然動かず、諦めて帰った事がある。それはヨットで旅をしていて、アカプルコに寄った時の話だ。私たちは、メキシコ以南の国々のビザを取るため、ヨットを置き、猫のグリを連れ、飛行機でメキシコシティに飛んだ。メキシコシティの空気の悪さは、空の上から見ていても恐ろしいほどだった。私たちは、調べておいた日本人経営のペットOK宿、ペンションアミーゴに泊まった。日本語で言えば友だち民宿のような所で、日本人のバッグパッカーやメキシコで修行をしているレスラーたちが泊まっている。私たちは夫婦で、おまけに猫連れなので、小さいながらも一部屋を当てがわれた。それはメキシコ風のテラコッタ作りの素朴ながら居心地の良い部屋だった。それぞれ自炊なのだが、誰かが沢山作ると「カレー乗る人」などと呼び掛けている。

メキシコシティでは、親切なお巡りさんにも会った。私たちが日本の新聞を売っている店を聞くと、「案内する」と近くの肉屋から車を借り、一方通行を逆走して、猛スピードでその店まで連れて行ってくれた。夜はソンブレロを被った流しのギター弾きが、「ベサメムーチョ」を歌ってくれたのも可笑しかった。

そしてピラミッドには、ヨットでパナマ運河を越え、カリブ海のユカタン半島コスメルに着いた時、レンタカーを借りて、マヤの遺跡トゥルムに行った。ここは規模が小さく素朴で、観光客も少ない。サンゴ礁の海を背景に清々しい風、高台の草地に、久しぶりの大地を堪能できた。上には登らなかったが、初めてピラミッドを見たという満足感は大きい。それにコスメルの海の透明度は最高で船から下が見え過ぎて恐いほどだった。

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