癌ステージⅣを5年生きて 53

散骨の風ディレクター KYOKO

入院生活 2

私は入院するときに、本を何冊か持って入る。その中に必ず「文芸春秋」が入っている。このような雑誌は便利なのだ。それほど重くはないから寝たまま読める。どこでも適当なページを開いて読める。病気になってから、年2回の芥川賞発表号を買うようになった。その芥川賞小説はすぐに読むが、ほかは急いでは読まないので入院用にとって置く。若い頃は芥川賞にやはり興味を持って読んでいた。「僕って何」「限りなく透明なブルー」の頃だ。それがいつしか普通の本を読む暇さえ無くなり、興味も無くなった。

再び芥川賞の小説を読むようになったのは、私が現代の作家の本をほとんど読まないからだ。本屋さんには、名前の知らない作家の本が次々と出ている。完全に読まない訳ではない。旅に出る時、羽田空港の本屋さんや旅先で見つけて読む。ページを捲って何となく文章が嫌でなければ買ってみる。一応、現代の文化、文学、流行も頭に入れておきたいと思っている。夫はやはり逆で、自分の興味以外は何も知ろうとしない。映画やテレビのスター、歌手、お笑いタレント、流行の物、皆無と言っていいほど知らない。テレビは、ニュースか社会派の番組、ドキュメンタリー、アクション映画、車番組、海外のシリアスドラマ等しか見ない。

私は、現代作家で必ず読むのは、村上春樹と沢木耕太郎、ポール・オースター、カズオ・イシグロ等で、それ以外は、1回は読んでも2作目は読まないし、作家の名前も覚えない。どうしても近代以前の作家の物が好きなのだ。それでも芥川賞を取った「おらおらでいぐも」と「コンビニ人間」は面白かった。「おらおらでいぐも」は、読むのに戸惑った。方言の文学が苦手なのだ。それに作者も田舎のおばさんと言うイメージで、よくある話という先入観があった。自分も充分太ったおばさんなのに。でも予想外の深さがあった。やさしい話し言葉の文の中に、主人公のおばさんの只者では無い感が出てきてそのアンバランスさが面白かった。「コンビニ人間」も素直な文章と主人公の個性が良かった。

推しの本

最近の「推し、燃ゆ」は、いまだに読めない。若い人のコトバにどうしてもアレルギーを感じてしまう。私たちは子供がいないから、若い人達の文化に完全に弱い。インターネットで偶然に知る情報以外は何も知らないし、付き合いもないのでどうしようもない。だから新しい機械の事も分からないし、PC用語も知らない。故障してサポートしてもらうにも言葉が通じない。よくTVドラマで老アメリカ人が若者に「Speak in English!」と言うがそんな感じだ。

私も流行(はや)りコトバを使えば、「推し」の本がある。もう古いが、オウムの事件のドキュメンタリー、村上春樹の「アンダーグラウンド」だ。かなり厚い本だ。こんな本は読んだ事がなかった。とてもショックな本だ。村上春樹好きではない人に是非お勧めしたい。彼らしさは、文体の読みやすさと誠実さだけで、後は被害者本人の体験談だ。本当に当たり前に普通の人が、その時間、その場所にいたばかりに遭遇してしまった事件。もちろん、どんな事件にも事故にも普通の人が突然巻き込まれる。しかし、そんな被害者、それも多数の実体験は、これほど有りのままに語られるだろうか。1人の被害者の体験談はあるだろう、しかし、これだけ多くの人が、それも違う個性の1人間それぞれが語った事を、村上春樹が出来るだけ、真実を壊さず、分かりやすい言葉でまとめている。この本は、人間を知る手がかりになる本だ。オウムの人達も普通の人達だった。私たちのデザイン会社にも1人いた。本当に大人しく、真面目で優しい人で、大仏の大ちゃんと呼ばれていた。「約束された場所で」という本には、彼らの事が書いてある。人間には何が起こるか分からない。この不条理の中、生き方を問われる。

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