風の中の私 19

──やっぱり懲りない書く事は──

ニューヨークのアパート

私たちは、アパートを購入するとガランとした何もない部屋で、段ボールを何枚も敷き、その上で寝袋に入って寝ました。ベッドは注文生産なのか、頼んでから10日位しないと来ないのです。バスルーム前に乾燥機と洗濯機が有り、冷蔵庫と大型食洗器が付いていました。他の家具も新品は時間が掛かるのと、アンティックが好きなので、ダウンタウンのアンティック屋さんを随分見て歩きました。絨毯はアフガンやパキスタンの物が好きで、値段は高いのですが、思い切って80万円位のと60万円台の比較的安い2枚を買いました。今も大分すり減ってはいますが、それを敷いています。猫足の丸テーブルと椅子、ロッキングチェアー、ガラスの戸の付いた本棚を大小2つ、ガラスの飾り棚、チェスト、ソファーベッド、電気スタンド、ライティングデスク、それにお鍋や食器、布団にクッションを買い、カーテンは、ワインレッドで大きな厚手の布で作りしました。

入口を入るとすぐにキッチンで、その裏がバスルームになっています。それにダイニングキッチン、7畳位の広さの部屋が並んで2つ無駄のない合理的な作りです。ニューヨークは、皆ヒーターが付いているので、冬はとても暖かく助かります。エアコンも付いていました。最初の部屋は壁一面が大きな鏡になっていました。その部屋から庭に出られます。庭には大きな木が1本と額紫陽花の木がありました。雑草に覆われていましたが、荒れている感じでは有りません。両脇を木製の塀で区切られ、正面は石垣でした。広さは20畳位で、小さいお茶室が作れればいいのになどと途方もない事も考えました。お茶も点てられないのに、お茶室への憧れがあったのです。グリを放し飼いに出来れば良かったのですが、正面の石垣が低すぎて、出てしまいそうでした。この庭は、私たちの物ですが、5階までの人達も景色として楽しんでいるので、綺麗にして置くことが望まれました。もっと、花壇などを作り、野菜も作れば良かったのでしょうが、当時はそんな事に考えが及ばず、もっぱら紐を付けたグリのための庭でした。夏にはセントラルパークから、蛍が来て、冬から春にはリスがナッツを貰いに来ました。リスに殻の付いたアーモンドやクルミを上げるとくわえて、持って行き、それをうちの庭に埋めてまた貰いに来ます。何度も何度も来るのです。野生のリスにはグリも敵いません。それでも土鳩は捕まえ、獣医さんにお目玉です。

82丁目アムステルダム通りとブロードウェイの間のその場所は、街路樹も有り、安全で静かな理想的な場所でした。アッパーウエストに属しますが、所謂(いわゆる)中流の人が住む場所です。お金持ちはアッパーイースト、セントラルパークの向こう側のメトロポリタン美術館側に住んで居ます。家の近くには、恐竜の骨で有名な自然史博物館が有り、そこから1ブロックでセントラルパークです。そしてブロードウェイに行くとゼイバーズと言う有名な小型高級スーパーが有ります。搾りたてのオレンジジュースが安くて美味しくて、チーズや生ハムなどをメインに売っていますが、2階には雑貨も有り良く行きました。Kちゃんの友だちのTさんと付き合うようになり、私たちもキャビアを食べる習慣がつきました。日本よりもとっても安かったのです。半熟のゆで卵に乗っけて食べるのが、庶民の一般的食べ方のようです。メロンに生ハムを乗せるのもTさんに教わりました。

タイムズスクエア―までは20分位、メトロポリタン歌劇場までも10分位でした。本当にマンハッタンは楽しくてどんどん歩いてしまいます。「オータム・イン・マンハッタン」と言う曲が有りますが、木の葉が黄色やオレンジに色づく秋は本当に素敵です。ハロウィンやサンクスギビングデーも有り、アメリカ人にも良い時期でしょう。感謝祭のパレードも楽しくて、色々な記念日の大掛かりな行進は大好きです。でも、何と言っても12月です。街全体がクリスマスムードに溢れ、どのショーウィンドゥも華やかな飾りでゴージャスになります。深々(しんしん)とした寒さの街を歩いていると何となく嬉しく幸せな気持ちになって来ます。ロックフェラーセンター前のクリスマスツリーが点灯され、その前のスケートリンクもこの季節の名物ですね。

一度マンハッタンに魅せられると飛行機がマンハッタン上空を飛び、窓から自由の女神が小さく見えて来ると、もうワクワクして、マンハッタンに来たのだという喜びに震えます。でも、9.11以降は、変わってしまって、トランプ時代が有り、コロナ禍、私たちはもう、アメリカへ行こうと思いません。ニューヨークにも。街の魅力は戻っても、人々の意識が変わってしまったような気がします。人を疑い、人種差別が起きています。私たちが居た頃は、差別など全然感じませんでした。個人の感情の中には、多少有るようでしたが。私は、アメリカに居ると、アジア人は皆同胞だなと感じていたのに、悲しいですね。

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