お客様の声(風の日誌)

散骨式などのエピソードを読める「風の日誌」を過去のものから全てを掲載しています。過去のものは右の目次からどうぞ。

2002年3月

2002/03/31 赤いバラの女性
2002/03/19 お寺とお墓
2002/03/18 ホスピス体験記 2
2002/03/07 ホスピス体験記 1

2002年3月31日

赤いバラの女性

3月30日恒例、新宿ゴールデン街「唯尼庵」へ行く。ここは、知る人ぞ知る名物ママの店。映画監督や原田芳雄、高橋恵子など映画スターや沢木耕太郎など作家も来るユニークな店である。この日は、ママの?歳の誕生日、そして我らが30回目の結婚記念日である。その昔に流行った歌、「フランシーヌの場合」を歌いながら、花束を持って店に入って行くのが慣わしだ。
カウンターに座り、まず、乾杯、しばらく世間話など。そして、散骨の話になる。彼女が言う、「58歳の歌手がさぁー、散骨したんだよ、先週偲ぶ会があってさぁー」「え、それってまさか、○○○○さん?」「あ、そう、『まびい』って言ってたんだけど」と、言う話になって、なんと「風」で先月21日に散骨した「赤いバラの女性」(2月21日の風の日誌参照)だった。その赤いバラを持って来た男の人の噂をしていると、そこへその彼が赤いバラの花束を持って現れたのである。オー!その奇遇に一番喜んだのは、ママだった。「亨と京子(船長とカウンセラー)に撒いてもらえたなんて」。
彼女の記念のレーコードをもらい、次の店へ。「ブイ」、ここはかつて中上健次もよく来た、海好きの気のいいマスターがいる店。早速、レコードを出し、かけてもらう。「う、待てよ、この人、△△さんの前の彼女だよ」と、言う話で、△△さんを呼ぶ。彼は我々の海の仲間である。彼も私たちが、散骨を依頼され、海に還したことを知ると非常に喜び、消息が分かって安心したようだった。まあ、本当に不思議な縁である。

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2002年3月19日

お寺とお墓

母の死に伴い、いろいろな問題が出てくる。
今まで、人の相談に乗ったり、本に書いたりしたが、今度は自分事だ。

私の実家は、浄土真宗で浅草にお寺がある。実家には兄弟がいないので跡継ぎがいない。でも、御通夜と告別式と戒名で、お布施として50万円いただければ、お墓にお入れすることはできます、という。

但し、どなたか、門徒の信徒として、年5回お参りをして頂かなければ、お墓は、合祀のほうに移させて頂きます、という。昭和12年にお墓を作り、先々代からのご遺骨が入っている墓は、更地にして、石も捨てて返してほしいと言うのだ。そして葬儀の会場までは、ご住職の送り迎えを、そして35日と49日は必ずなさって下さい、との事。先祖の遺骨のこともあり、何とかお寺とうまくできないか、頼んでみたが、「それではお寺が困ります」の一点張りで全然取り合ってもらえない。

しかして、母の葬儀は終わった。お寺のご住職はお呼びしなかった。お寺に対しての反逆の始まりである。なぜかその事では、日頃仲の良くない妹とは気があった。

母には、60年来、小学校の同級生の友人がいた。50年間、一緒にクラス会の幹事をしてきた。男性である。父の死後、いろいろ相談に乗ってもらったり、一番信頼していた人でもある。彼は本職は、商品取引所で活躍しており、会社のコンサルタントなどをしている人だが、長野の曹洞宗のお寺で修行をし、僧侶の資格を得た方でもある。彼は週に1度は遠路から、母をお見舞い下さり、いよいよ危ないというときには、頻繁に見え、臨終の枕元でお経を挙げて下さった。

それ以降彼の宗派の作法に則り、お経を挙げ続けて下さった。聞けば、いつも級友など友だちの死に際しては、必ず駆けつけお経を挙げているのだと言う。お経を聞いて、私は商売抜き(お寺のご住職には失礼だが)の、心のこもったその姿勢に打たれ、これが本当だ、と思ってしまった。そして、彼に葬儀も戒名もお願いしたい、それが一番母も喜ぶと思ったのだ。

彼にお願いすると、私のような位の下のものが、というようなことを言われ、それでも本山に聞いて下さった。前例がないと言うようなことで、本山では緊急に会議が開かれ、結果的には許され、彼も承諾して下さった。

今、母は素晴らしい戒名が付、お墓に入れなくなった。でも、母の遺言も散骨でいい、というものだった。ただ一人、どうしてもお参りしたいという叔母がいて、そのため半分は墓に入ろうとしていたのだが。

しかし、どの道、実家の墓は、絶家で壊される運命である。その前に27年前にお墓に入っている父の遺骨も母と同じ場所に還そうと思う。父も、海も山も好きで、その頃、散骨ができれば、それを望んだと思うから。

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2002年3月18日

ホスピス体験記 2

最近、癌で死にたいという人が増えてきたという。私もその一人だ。母を見ていてさらにそう思った。
但し、母は泌尿器系の癌で、腎臓を1つ取り、膀胱もとったため、外付けの袋を付けなければならなかったので、膀胱癌や大腸癌は嫌だと思うが、痛みや自覚症状は、最後の2ヶ月位まで何もなかったからだ。
この年になると、あとはできるだけ計画的に終わればいいと思ってしまう。もちろん痛みや不快感なく。癌は痛みを取ってくれれば、悪くない気がする。
6ヶ月ホスピスに入ることを計画。勿論、部屋代は無料だから、アパート代はいらないし、電気代もガス代も水道代もいらない。ただし、電話代とテレビ代、洗濯代は掛かる。食費も1日780円で、お刺身や鰻、とんかつなども出るし、薄味が嫌でなければまあまあ食べられる。出前もとれるし、自分で作ってももちろんよい。ほとんどの病院には、ボランティアの人がいるので、買い物なども頼めるし、電話で配達してもらうこともできる。
お酒も煙草もOKで、好きな音楽を聴き、夜更かしもできる。部屋には、お気に入りの絵や観葉植物を置き、ペット(但し、6ヶ月後の行き先を決めておかなければ)も飼える。お掃除のおばさんはいるし、看護婦さんは皆優しく、話し相手にもなってくれる。ナースステーションに入り浸ったたり、寝てしまうおじいさんもいるのだ。
ホスピスは実に自由で調子がよければ、会社に通って仕事をしたり、旅行にいくこともできる。だから、癌になってしまったら、もちろん最後まで諦めることは無いが、早く知ってホスピスを利用してほしいと思う。ホスピスに入院しながら直す方向に持って行くこともできるし、それがクオリティ オブ ライフの終焉として一番良いような気がする。
但し、快適な家庭をお持ちで、家で最後を迎えたいという方には、在宅ホスピスをお勧めする。

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2002年3月7日

ホスピス体験記 1

「ホスピス」という言葉が日本で浸透してから、どれくらい経つのだろうか。
しかし言葉そのものは、かなりの人に知れ渡っていても、その中身はほとんど知られていない。今回、母をホスピスに入れ、その死を看取るまでの2週間、いろいろ考えることがあった。
まず、ホスピスの選び方についての情報が、ほとんどなく、各ホスピスのポリシーなども少しずつ違っていることは、入院するまで分からなかった。
ただ、ひたすら1日でも早く入院できるよう奔走した。現実的にはやはり残りの時間(余命)が少ないことが問題になってしまった。
そして何といっても、「告知」をしなければホスピスには入れない、この問題が一番大きく、それをクリアしなければ、次に進めない。アメリカでは100%に近い告知率も日本では、まだ60%位だろうか。
ここでの結論から言えば、もっと早く入院させてあげたかったということだ。ホスピス以前の病院の医師との意見の相違、優柔不断な所見に時間を取られてしまった。
見舞いにくる人来る人が、「こんないい所があったんだ、良く入れたね。」と言う。誰も知らないのである。癌で余命6ヶ月と診断されれば、誰でも入れることを。
因みに母の病室はバス・トイレ・キッチン・家具・テレビ・冷蔵庫・電話付で1日1万円、赤坂の山王病院の12万円位の部屋に匹敵する。
そして、南向き、テラス付、トイレ付の「個室」は、風呂とキッチン冷蔵庫はなく、テレビは有料だが部屋代は「無料」である。老人医療なら1ヶ月いても6万円台の入院費ですむのだ。
看護婦さんも患者1.5人に1人だから、ケアも手厚く、ほとんどが志願者だから優い。
大きな自然の広大な敷地に立つ清瀬の国立療養所東京病院で、短くはあったが、最後の日々を過ごせた母は幸せだったようだ。
せめて、東京病院内の「桜の園」の満開の花を母と見たかった。

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