お客様の声(風の日誌)

散骨式などのエピソードを読める「風の日誌」を過去のものから全てを掲載しています。過去のものは右の目次からどうぞ。

2012年10月

2012/10/30 お墓から御両親と御祖母様のご遺骨を出され10月7日の合同散骨に参加されたTさからお手紙を頂きました。
2012/10/25 6月の合同散骨に参加されたSさんからの手紙(6月18日)
2012/10/12 6月に鳥羽でお父様の散骨をなさったTさんのお手紙です

2012年10月12日

6月に鳥羽でお父様の散骨をなさったTさんのお手紙です

6月に鳥羽でお父様の散骨をなさったTさんのお手紙です。
こちらの忙しさで、長い事机上の事務が出来ず、やっと掲載できます。

先日は大変お世話になり、ありがとうございました。
今日、証明書、写真が届きました。
遠い所、又、雨で予定がなかなかたたない中、無事に終えることができ、ありがとうございました。
とても親切にして頂き「風」の北田さんに出会えて良かったと、父の最後をいい形で送ることができ、今、ホッとしています。シンプルでしたが音楽もよく、心に残るいい散骨ができたと皆もとても喜んでいました。
久々に会えた皆と夜はゆっくりおしゃべりしたり、次の日はお伊勢さんに行ったり、美味しいもの沢山食べたりと一泊二日の旅を楽しみました。
又、数ヶ月後、四人で伊勢の海へ行く約束をして、本当にいい時間を過ごせたことを感謝致します。スタッフの方にもよろしくお伝え下さいませ。
まず、お礼まで。

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2012年10月25日

6月の合同散骨に参加されたSさんからの手紙(6月18日)

時間が経過してしまいましたが、載せさせて頂きます。

先日は“風”の社長さん始めスタッフの方々に大変お世話に成り晴天のもと、夫の散骨葬が出来ました事を厚く御礼申し上げますと共にとても感謝申し上げます。ほんとうにありがとうございました。
実は息子には私が亡きあと夫と一緒に散骨してくれる様に云っていたのですが、私もバイパス手術(心臓)をしており急に体調が悪くなり、毎晩のように夫の夢を見る様に成りました。そこで夫が早く私の手で散骨をと云っている様で急に決めた事です。
でも私の心は淋しさと共に何かすっきりして体調も良くなりこれで良かったと思っています。
夫の生前は旅行が好きで、私といつも世界中(アフリカをのぞいて)日本中を旅行しました。おかげ様で、お金は残してくれませんでしたが、思い出だけはいっぱい有ります。それも夫が英語を話せたことが大きかったと思います。(もとアメリカの銀行でしたので)
夫の最後は胆管がんでしたが、四か月の間ただの一度も私を困らせる事なく、主治医の先生にも、みごとな最後だったとほめられました。
今ごろ世界中を旅行していると思います。(一人ですが、その方が自由でいいといっている様)に聞こえます。
乱筆乱文にて失礼いたします。

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2012年10月30日

お墓から御両親と御祖母様のご遺骨を出され10月7日の合同散骨に参加されたTさからお手紙を頂きました。

《Tさんから最初に頂いたハガキ》

 今の度の散骨、素晴らしい体験を有難うございました。
 いつまでも海面付近を漂っている骨のまぶしい白さが、天に昇ってゆく霊魂の影のように感じられて、けっして海の底へ沈んでゆくようには見えませんでした。
 天候がどうあれ、それも神さまの見せる自然の表情のひとつ、不満などありません。
 ただ感謝のみです。 御礼まで。

《追ってTさんから頂いたお手紙》

 数年に亘り介護を続けてきた両親が、相次いで他界し、本人らの生前からの希望で、普通に仏式の葬儀を行って墓地に埋葬したのですが、市営の霊園のため、墓地使用の名義人である自分が、いずれ死去してしまうと、跡取りがなく祭祇承継人が不在となり、無縁墓となって墓地が市に没収されてしまうという問題が生じました。
 その場合には、行政による相続人や縁故者の調査、ひいては墓石の撤去費用の請求をめぐり、親戚各位に多大なる迷惑をお掛けしてしまいます。
 検討の末、自分の存命中に速やかに善処すべきと考え、苦渋の決断ではありましたが、墓地は更地にして市へ返還することに致し、さっそく焼骨を返して頂き、あらためて海洋自然葬という形式で葬送をし直し、過日無事に相模湾沖にて「風」様の心の込もった御丁寧な進行により、滞りなく散骨を終えることが出来ました。厚く御礼を申し上げる次第です。
 いずれかの永代供養墓への合祀という選択肢もございましたが、いっさい形に執着せず、この世への未練を断ち切るためにも、結局は敢えて痕跡を残さない、海への散骨という自然葬に決めたわけですが、結果的には遺骨を窮屈なお墓に閉じ込めて置くよりも、大自然の元素へ戻してあげたほうが、ずっと自由だし、きっと故人も喜んでくれていると思います。
 いわば、地球という星自体が、私たちの故郷であると同時に、お墓でもあると思えば、わざわざ大地の限られた狭苦しい一画に、故人の遺骨を密封して置くことに、さして意味があるとは思えません。海洋はどこまでも続いていて、地球全体を巡り回ります。海という文字には「母」が含まれていると、よく言われますが、その自然の母なる海へ還すことこそが、もしかしたら故人への最大の供養かも知れませんね。

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